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雑感5(身よりなき老後、国が支援制度を検討…の話:20240509)

身よりなき老後、国が支援制度を検討…の話(2024年4月1日)

ネットでニュースなどを読んでいたら見つけた記事です。
身よりなき老後、国が支援制度を検討 生前から死後まで伴走めざす
(リンク先:YAHOO!JAPANニュース様)

少子高齢化社会では、お年寄りの後見的役割を果たせる家族・親族は少なくなってゆきます。私自身も子供がいない(できなかった)ため、多分に漏れず、そのうちの一人になると思います。
今回の記事では、『公的支援』でのカバーを検討しようとする内容でした(厚生労働省)。

私は現在、親の介護をしています。
親が、親と同世代の親戚や知人と話している時によく出てきていた話題が、『サポートしてくれる人間(私の事です)が近くに住んでいるのが良い(羨ましい)』というものです。
これは、親本人からも口に出ますし、話し相手の親戚等の方の口からも出てくるセリフです。

お年寄りのサポートが必要なタイミングは、ある日突然…とまでは言わないですが、数日前にできていた事ができなくなったという体験から始まったというのが私自身の体験です。
イメージしやすいのは、やっぱり立つ・座るの行為でしょう。

身体的な衰えであればまだ気づきやすいと思うのですが、認知的機能の衰えであれば日頃から会話などをしていないと気づきにくいのではないかと思います。
私の経験では、親と話していると、いつの頃からか「そうだったけねぇ…」というようなセリフを言う事が多くなる、短期間で同じことを質問してくる、耳が遠くなる、行動すること(例えば買い物など)に不安を感じるようになりその代行を(私に)頼んでくる…等のことがありました。
(認知症を疑った私は、念のため複数の病院(脳神経内科等)で受診しましたが、いずれも認知症ではないとの回答であったため、これが老衰というものなのか…と、ちょっとした衝撃を受けたと同時に、将来自分自身にも必ず訪れる・避けては通れない可能性が高いものであると再認識しました)

今回の記事では、頼れる身寄りのいない高齢者が直面する課題として下記のような例を挙げられていました。
 ①…病院や施設に入る際の保証人や手続き
 ②…葬儀や遺品整理

②は死後の話ですから当然として、①のような生前のことについても生きている以上は必要となる契約・手続きが多数あると思います。そしてそれらはどんどん複雑化(○○手続きの際の本人確認など…)しているように感じます。
しかしながら、これらをお年寄りが一人で行えるかというと、できない方が少なくとも一定数おられるのではないかというのがやはり事実であると思われ、現状その方達は自力+α(近所の知人等や行政の力を借りながら…)で何とか対処しているのだと思います。

今回の記事の話は、とても良い考えだと思います。
是非とも実現して欲しいと強く期待します。

私自身の気持ちとしては、公的支援の仕組みを構築する際に、その方の保有する財産的なものの処分の行方についても、キッチリ制度化してもらえたらと思います。
国が老後をしっかりと支援してくれる代わりに、その方の財産は国庫に帰するというような仕組みを作れば良いのではないかと考えます(少なくとも選択肢の一つとして作って欲しいと思います)。

自分が年をとり判断能力が低下した際、詐欺に遭ったり、押し売りに嫌な思いをしながら屈したり、死んだあと面倒をみてくれなかった親族に財産が回っていくのであれば、公的支援先に(少額であったとしても)お渡ししたいという気持ちが強いです(国の財政健全化にも資すると思います)。

あとは実際にサポートしてくださった方にもお礼が届く仕組みができると良いなと思いました。
公的支援の仕組みが一日でも早くできますよう、注目したいと思います。